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余計なお世話【完結編】

余計なお世話第一弾を書いていて、 どうしても気になることが 芋づる式に出てきたので
もう一つだけ書いておきたい。 これで「余計なお世話」シリーズは完結にしたいなぁ。


子供が机の角などで頭をぶつけたときに
「ああ、痛かったね~ 悪い机だね~」
といって 机などをたたいたりするのを たまに見かける。
私はこれが嫌いである。
そういう人が嫌い というよりは その考え方が嫌いなのである。


ぶつけると 痛みが生じる。
ぶつけるって そういうことなのだ という経験になる。
ただ それだけのことだと思う。



自分が悪かったから痛かった
と解釈することもあるだろう。
でも、ぶつけるって 必ずしも悪いからおこることじゃない。
キリストだって あんなサンダル履きじゃあ 
舗装もされていない道路で どっかで小指をぶつけて
「いてっ!」と言った経験があるかもしれない。


先日のアイスの注意書きや 上述した「××が悪い」という慰め方は
もしかして  誰かが悪い という発想が
誰かのせいで こうなった という発想が
どこかに必ず責任者がいる という発想が
この世の中に どんどんと浸透していっているのではないだろうか と私に感じさせるのである。

同時に 失敗しないように 失敗は許されない
みたいな考え方も より激しくなっていっているようにも感じる。



誰も悪くない ってこと 実は世の中にたくさんあると思う。
誰のせいでもない ってことも たくさんあると思う。
失敗しても とりかえしのつくことも たくさんあると思う。


と書きながら白状するが これは 私自身の話です。
私こそが 今までの人生 誰かのせいにして
失敗を極度に恐れて 生きてきたのです。

では 誰かのせいにして ハッピーになったことってあるだろうか?
誰かのおかげで ハッピーになったことは たくさんあるけれど
その逆は ない。
失敗しないようにと気をつけて 失敗を避けることができたかというと
それはあるかもしれないが 失敗のない人生を歩んできたわけでもない。



「悪い」「悪くない」にこだわりすぎて 
あるいはそのことの白黒をつけることで 何かを守ろうとしてきたようだけれど、
それで 守れたものがあったとしても 「それはこれです」と言い切ることができない。
失敗を通じて得たものはあっても 失敗しないことで得たものが
何なのかと言われれば はっきりと答えることができない。

こうして書いていると
つまんないなぁ と思う。

せっかく そう感じているのだから よし、これからはこうしよう。
自分は一番どうしたいのか 大切な事ってなんなのか
心地よい気持ちに一番早く辿り着けるためには何が必要なのか
感じたり考えたりすることを怠らないようにしよう。

いつかその能力が退化してしまわないように。

今ここにある幸せが 知らぬ間に ほろほろと崩れていってしまわないように。









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